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輪のように

ふと浮かんだメロディ。
題名も定かではなく、調べてみてもわかりませんでしたが、
かつて、太田市少年少女合唱団で歌っていた合唱(輪唱)曲です。

寄せては 返して
広がる 歌声
海へと 空へと
大きく
輪のように

地震で、この地域も広い範囲で被害が出ました。
岡村建業でも、お施主さんや、新たに頼まれた方の家々を
応急処置してまわりました。
地震の起きた次の日の土曜日から木曜日まで、
雨が降らないことを願いながら、
駆け足での仕事でした。
被害がとても多く、瓦屋さんが手が回らないこともあり、
大工さんのみで、散乱した瓦の撤去やブルーシートを掛けたり、
風で飛ばないように木材や土嚢袋で固定したり、
大工さんにとってはとても過酷な6日間でした。

応急処置をした家々は、35棟でした。

多い少ないという話ではなく、
創業100年を超えているという歴史を感じる1週間でもありました。

明治時代に建設されたM邸、その建設に携わる為に、
熊谷市妻沼(旧大里郡妻沼町)より岡村家がこの地に居を構えたということですが、
今回、その家にも被害が及びました。
そろそろ屋根の葺き替えをしようと言っていた矢先の地震でした。

今回広範囲にわたって応急処置をしましたが、
平均して築30年以上経過している家が特に被害が大きかったように思います。
また、その場所は、地盤が軟らかい場所である事(田圃の埋め立てや山の造成等)も理由のひとつです。
瓦の葺き替えがしてあるところには、
旧家や寺院であっても、瓦の被害はほとんどありませんでした。

自分達、また、先祖が建てた家が傷つく。
こんな悲しい事はないのです。
1週間が経ち、一息ついてみて、
ドッと悲しみが押し寄せています。

今回の地震で、
岡村建業の歴史の裏に、沢山のお施主さんがいることを、
頼りにされていることを、
強く感じました。
被害に遭われた方々の家々が完全に直るまでには、
1年はかかると言われております。
材料の調達や、瓦屋さんの予定、その他の職人さんの予定、
すべてがまだ未定の段階ではありますが、
何度も言いますが
『温度』の伝わる仕事をしていこうと
決意を新たに、一生懸命頑張る所存です。

東北地方の甚大な被害に及びませんが、
今、岡村建業の置かれている状況を
記録しておこうと思い、
今回ブログに載せました。

以前のダウンバーストによる被害も、
今回の地震もそうですが、
被災の境界、置かれている立場は様々です。
土地の形状や、地盤の軟硬、地形、家、
ある場所では平気である場所は平気でないということが
近いところで明暗を分けたりします。
言動には気をつけなければいけませんね。
言葉で傷ついたりすることも、
災害の余波であったりするのです。
今回の地震でも、原発でも
そんなことが問題にされています。

話は戻りますが、
ふと思い出した歌ですが、

寄せては 返して
広がる 歌声
海へと 空へと
大きく
輪のように

こんな感じで日本列島が優しさで包まれますように。

(2011.03.20)